エンゲージメント
- 2006/05/04 17:19
FF7/セフィロスネームレス夢
足裏にはさわさわとした感触があった。
細かい粒に沈み込みながらも、大地はしっかりと自らの体重を受け止めてくれている。
軋む感じはあるものの、穏やかで心地良い感触はまるで、きめ細かでよく乾燥した砂浜を歩いているようだ。
第一印象をそう喩えた女は、だが不思議なことに、自分が靴を履いているのかどうかすら分かっていなかった。
――どこでもない、ところ。
抽象性に溢れる表現だったが、現状立っている場所はそうでしかない。
眩いほど光に満ちているというのに、別段目を焼いたりもせず、何もかもがあやふやな空間だ。
事実、裸足か否かを確かめようと落とした視界には、彼女の足は見当たらなかった。靄の如く広がる光の床に照らされて、足元まではっきりと見えない。
温もりがあるのに何故か冷やかな世界は、紛れもなくあの人物が存在するに相応しい気がして。肺一杯に吸い込んだ息を大きく吐き出せば、景色が突如と一変した。
「お前なら、来ると思っていた」
低くて、冷たくて、なのに甘い。
360度方々から響いたような静かな声は、何より愛しくて懐かしい。
女が急に放たれた声に驚きもしない理由は、実に明快だ。
「だって、貴方に会えると思ったから」
「そうか。ならば姿を見せに来い」
ざ、と強く風が吹き付け、眼球が乾燥するのを嫌う本能が、咄嗟に彼女の目を閉じさせた。
慌てて開いた瞳に映る景色は、やはり一変していた。だが、変貌を遂げた周囲の景色には見覚えがあって、少しの安堵と、どこかへ置いてきたはずの未練が蘇る。
女には、どこをどう通ればいいのか、よく分かっていた。
水色と緑色の中間を取った淡い色は、陰鬱な空気に包まれて煤けている。前方には窓から射しこむ斜陽が、一筋の光をこの世界へもたらすが、やはりその部分だけだった。
歩く足に合わせて、舞い上がり踊る埃が陽光に輝く。幻光虫、というおとぎ話を思い出しながら、目的地を目指した。
古い神羅屋敷の廊下が軋んで、進み行く自分に異を唱える。
それでも、行くしかないのだ。
かつての彼――セフィロスが、北を目指したように。
「もうすぐ会えるね」
「ああ、もうすぐ一つになれる」
螺旋を描く階段を降りるにつれて、身体がゆっくりと透けていく。
愛しい男の、この手で殺してしまったセフィロスの声が、鼓膜をそっと撫でた。
まるで近くにいるようで、まだ少し遠い感覚に焦れながら、それでも女は走りもせず慎重に歩き続けた。
最後に立ちはだかるのは、ぽっかりと大きく口を開けた地下道だった。
どこからか響く唸る風の音が、やはり女を追い返すように鳴る。一瞬だけ身を強張らせたが、首を大きく振って一歩を踏み出した。
仲間の――いや、仲間だったヴィンセントが眠っていた地下室の前を素通りし、更に奥にある扉に手を伸ばす。微か震える手が木製のノブをしっかと掴み、彼女はごくりと唾を飲んだ。
己の手は既に半透明で、木目を隠すこともしなかった。
キィと耳障りな音を立てて開いた扉を、静かに潜って丁寧に閉ざす。
徐に部屋を見渡すと、一番奥の場所に彼はいた。
最期に見たときと変わらない、白銀に煌く髪が眩しい。無音で揺らめいた銀糸に目を細めた女は、その広い背中へゆっくりと近付いた。
「この神羅屋敷の資料室が、全ての始まりだった」
「そうだね。じゃあ……セフィロス、私の終わりも始まりに変えてくれる?」
「お前は、そのためにあの肉体を捨てたのだろう?」
仄かに白い面差しが、愛情を湛えて振り返る。ゆっくりとした歩調で互いに歩み寄せ、どちらともなく抱き合った。
神羅屋敷の書斎は静謐を守り、強い絆を持つ二人を咎めもしない。
「これは、永遠の始まりだ」
ここは、ライフストリーム。
自分と、彼にとって約束の地となる場所。
「この永遠を約束された地で、お前を永遠に愛してやる」
セフィロスは淡く緑に輝く瞳を細め、陶然と女の頬を撫でる。あでやかに往復を繰り返す掌に促されて、彼女は瞼を閉ざした。
再会を喜び、健気に震える唇を見つめ、些か卑屈にも思える彼らしい笑みを浮かべる。親指の腹がゆるゆると行き来すると、敏感な唇に力が込められて真一文字を刻んだ。
欲するまま、望むまま、セフィロスは己の唇をゆっくりと近付ける。
唇が触れ合った刹那、二人の体が光に包まれ――滲むようにして、消えていった。