祈りを込めて編む
- 2006/05/11 17:36
FF6/セッツァーネームレス夢
この妙な揺れは、エドガーの野郎が操縦してやがるな。
機械好きなあの国王様ときたら、オーナーである俺が自動操縦でいいっつってんのにも関わらず、自分で飛空艇を動かしたがる癖がある。それ自体は別に構いやしねえが、あいつの操縦は時折エアーポケットに入ったみたいな『カクンッ』とした縦揺れが起きるから嫌なんだ。
特に、今日みたいな二日酔いの朝はきつい。
朝――いや、もう昼過ぎかと思い直して、懐中時計をズボンのポケットから出そうとするが、見当たらない。もしかして首から下げてたか? いや、やっぱり身に着けてねえな。
「う、っぷ……」
下向き加減で探し物をしている瞬間、例の『カクンッ』って縦揺れが起こる。その拍子で、内臓を満たす酒やら何やらの香りが込み上げてきて、自分の部屋で吐きそうになった。
そりゃあ確かに今は俺の部屋だぜ。けど、昔はダリルの部屋だ。ゲロなんざ吐こうもんなら、あのすれっからしに呪われかねねえ。
ああ、とりあえずアレだ、時間が知りたかったんだ。
ふらふらした足取りで丸窓の脇に立ち、硝子越しの空を見上げた。最近はゆっくり下ろして掃除してやる暇もなかったせいか、ダリルご自慢のファルコン号の窓も誇りで薄く曇ってやがる。今度ロックやらガウやら巻き込んで掃除してやるから、もうちょっと我慢してくれと心の中で謝っておく。
そうしながら見たサマサ近くの空は、朝なんてとっくに終わったといった風情で、青味の濃い昼色をしていた。所々にいる薄雲は、この空を駆けるファルコンの更なる上で鈍足に泳いでいて、こうして呆然と見上げている限り、世界も俺も平和な気がした。
だがひとたび地上を見下ろせば、ケフカのお陰で引き裂かれた世界があり、俺も止め処無い嘔吐感を堪えられなくなりそうだ。
何より、その平穏が仮初のものだと知らせるのは、やはり独特な縦揺れを起こすエドガーの操縦だった。
「ちッ……あンの、好色下手くそ野郎……っ!」
大体、昨晩、一番飲んでいたのはエドガーだったじゃねえか。あいつ酔いながら運転してんじゃねえだろうな。今日一日は何が何でも自動操縦に変えさせてやる。
そう心に決めて部屋を――出ようとして、窓に映っている自分の姿に固まった。
いつも手櫛で整えるプラチナブロンドのウェーブヘアーが、綺麗に編みこまれている。
それだけなら、まだいい。二つのお下げには、ご丁寧なことに女がつけるには愛らしい赤いリボンが括り付けられていた。
「誰だ、こんなふざけた真似する奴は……」
憤懣やる方なし、とはまさにこのことか。
俗に言う『お下げ』という髪型になっていた髪を無理矢理解く。衣類掛けに手を伸ばし、手近な黒いロングコートを掴んで羽織る。
そして、酔いも忘れて勢いのまま部屋を出ようとした足が、再び止まった。
二人ほど座れるソファに、倒れ込んで眠っている女が一人。
ここは俺の部屋であってお前の部屋じゃねえだとか、いつ忍び込んでいたんだとか、過ちを犯したんじゃねえかとか、多分言いたいことは沢山あった。ただ、眠ったまま手にしっかりと持たれている櫛と赤いリボンを見て、妙な脱力を覚えて全て抜けて行った。
「……おい。お前かよ、犯人」
大股で近寄り、知らず知らずのうちに小さくした声で問う。当然眠っている相手からは返答はない。
どうせなかなか起きてこない俺の様子を見に来て、そのまま悪戯でもしようと思ってたんだろ。だからってお前、何もこんなとこで眠るこたないんじゃねえか? 襲われる、というのは冗談にしても、風邪引くかもしれねえし、他の奴らが気付いたらそれこそ勘違いの元だ。
何を考えても起きる気配はなく、はあ、と大きな溜息を吐いて、その横に腰を下ろす。
もう一人分の体重を受けて、ゆったりと沈み込んだ豪華なソファの上。この部屋の住人でない女が、決して笑ってるわけじゃないが、それでも幸せそうな表情で寝息を立てている。
まるで猫みたく背を丸めて、警戒心の欠片もなく投げ出された身体も。丸窓から射し込む昼間の光が当たって、いつもより白く見える肌も。規則的な呼吸を繰り返す唇の端に挟まれている、耳から零れ落ちた髪も。穏やかすぎる寝顔に反して、それら全てが妙に色気づいて見えやがる。
ああ、眠っているときはこんな顔するんだな、とか。ばらばらになって一年経った間に、ちったぁ女っぽくなったんだな、とか。お前を始めとしたこのファルコンに乗り合わせた仲間は、世界が切り裂かれて暗くなっていても、その優しさや明るさを失わねえんだな、とか。
着ている黒いコートを掛けてやったそのままの流れで、こいつの微動だにしない頬を触れながら、らしくもなくそんなことを考える。
「警戒心の欠片もねえな、ったく……」
三つ編から解放したばかりの自分の頭をがしがし掻いていると、またファルコン号が『カクンッ』という揺れを起こした。
和やかさを身に感じたお陰か、二日酔いの気持ち悪さを忘れた俺は、既にエドガーの下手な運転にも動じない。逆にそれに乗じて、上半身を屈めて顔の近くへ唇を寄せる。
「この悪戯のお返しは、てめえの目が覚めたらたっぷりしてやるからな。覚悟しとけよ」
動かない睫毛の一本一本が見えるほどの距離で、小さく囁く。
俺には敵わねえけど、指通りのいい柔らかな髪を梳いてやりながら、変わらず伏せられたままの右目へ軽く唇を触れさせた。
目尻に触れた感触がくすぐったいのか、ぴくん、と震える瞼。うっすらと見える青紫の血管も、俺の首元をなぞっていく吐息も、全てに温もりを感じられた。
「ん……」
眠る相手は小さな身動ぎを見せただけで、まだまだ目を覚ましそうにない。仕方ねえな、今度はこっちがお前の髪で遊んでおくか。ぼんやりと考えて、もう一度丸窓の外へ目を向ける。
天高く駆けるファルコンから見る空は、綺麗で平穏そのものだ。
澄み渡る青色は、世界にやがて訪れるであろう平和を暗示しているような気がした。