lemon tea
- 2020/05/10 19:53
一次創作/#文字書き情景描写大会 提出SS/テーマ『海辺の街』
テラスの手すり越しに覗く、高台からの眺望。白壁の街並みは、空や海の鮮やかな青色を余すことなく受け止め、昼下がりにまばゆさと爽やかさを加えている。
海岸から坂を駆け上がる潮風が、心地よい。
瞳を閉じていた私は、高らかに行き交うカモメと小鳥たちのさえずりに耳を傾けた。もう少し遠くでは、かすかな波の音。そこに、ノックの音色が控えめに響く。
「どうぞ」
「失礼いたします」
老齢のバトラーが、丁寧なお辞儀をする。
室内にルームサービスのワゴンがゆっくりと運ばれると、途端、テラスには芳しい紅茶の香りが混じった。
小さなテーブルの上に、ティーセットが並べられていく。てきぱきとした仕草には、熟練らしい物腰の柔らかさすら感じられ、見ていて退屈しない。流れるような手つきで口広のカップへ紅茶を注ぎ終え、優しく微笑む。
「レモンをお入れしても?」
私がうなずくのを確認してから、カップの中にスライスレモンがぷかりと浮かべられた。
「貴女のお母さまは、ティータイムをこのテラスで過ごされるのがお好きでした」
昔を懐かしむ眼差しが遠くへと投げられる。私もそれを追うように、同じ方向を眺める。
白い海岸を行き来する波が、午後の日差しを反射する。砂浜から遠ざかるにつれて、透き通る青い海は、濃色のグラデーションを描いていき、浮かぶ船の白さを際立たせた。
「わかる気がします。私も……とても好きです」
今の私が見ている景色を、きっと、かつての母も見ていたのだろう。
ほのかに目頭が熱くなったのをごまかすように、手元へ視線を戻す。ティーカップにひとさじの砂糖を入れて、かき混ぜる。少し色素の薄くなった紅茶の海に、黄色いレモンがゆっくりと沈んでいった。
レモンティーを一口飲む。
甘ずっぱさを乗せた風は、私の頬を撫で、母の思い出の白い街を抜けて、あの碧い海へと――。