雨が降った後の | libre

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雨が降った後の

  • 2019/07/14 18:32

文マヨ/なかはらさんネームレス夢/『文スト』ではなく『文マヨ』/『雨が降る前に』の続き

 

 濡れる梅雨の風が、繋いだ手をより密にしていく。何方が離し難いと惜しむのか、互いの掌は吸い付く様に互いを戒めた。
「あの、中原さんっ……」
 いよいよはしたないかと恥じ入った女が声を上げた時、曇天から雨粒がポツ、ポツ、と落ち始めた。
「ん。……嗚呼、遂に降ってきちまったなァ」
 泣き出したばかりの空を見上げた中原は、空いている手で曙色の髪をぞんざいに掻き上げる。
「もう少し走るが、構わねえな?」
 青空を透かした薄雲の様な瞳を受け止めて、女は小さく頷いた。
 小柄な体躯に見合わぬ逞しい腕に引かれ、胸がとくりとくりと早鐘を打つ。女は、其れが駆け足の所為だけでない事を能く判っていた。日頃は黒い帽子で隠れる後ろ髪を見つめ、熱を孕む息を吐く。
「こいつぁ本降りになるな……」
 中原はふと足を止め、空を仰いだ。つられて顔を上げ、不安げに瞳を揺らす女を見るや、ずっと繋いでいた手を久方振りに離した。
 自身の鉄御納戸色の羽織に手を掛ける。肩から滑らせ、色の変わり始めた地面に落ちる寸でで襟元を掴んだ。其れを女に渡す。
「そら、此れでも頭から羽織っとけよ」
「でも……それじゃあ中原さんが濡れてしまいます」
 女は手を出しかけて、逡巡を浮かべた。もう一度前に押し出した羽織へ、やはり首を横に振るう。
 中原はふむ、と首を捻った。相手を重んじる女の此の頑なさは可愛げの無さとも取れるが、何よりの美徳である。然らば、其れを許してやるのが男の度量だ。
「仕様がねえな……こうすりゃあ異存はねえだろ」
 怒りの含まれない呆れた言葉と共に、ふうわりと、まるで風に舞うが如く羽織が浮く。かと思うと、前に居た筈の中原は、女の隣――息がかかる程の距離に立って、雨雫で濡れぬ様に羽織を二人の頭上へ翳した。
「手前の其れは、俺の為に着飾ったもんだろう? 濡れるのはちぃと勿体無え」
 水も滴る、とはよく云うもので。息を呑む位に色気を湛えた美丈夫は、其の癖少年みたいに歯を見せて悪戯にニッと笑う。
 ――狡い人。
 胸の早鐘がまた一つ速まるのを自覚しながら、女は慕わしい人に半歩だけ身を寄せ、赤らんだ顔で口元を綻ばせた。

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