ウジャト・アイ | libre

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ウジャト・アイ

  • 2019/10/19 19:25

AIソムニウム/伊達さんの話/ジャンル未履修

 

 自身の左目には、自立制御型AIを搭載した義眼が嵌め込まれている。正式名称をAI-Ballといい、愛称をアイボゥというそれは、今や色々な意味で自分の生活に適応している。
 この目を搭載してすぐのことだ。魅力的な、否、長い脚を組んで机の上へ腰かけたボスが、真剣な顔で言った。部屋の壁にまた新たなのれんが増えていることには、気付かないふりをする。
「文字通りホルスの目ね、伊達くんのそれ」
 意味がわからず答えに窮していると、アイボゥが左目の中から出てきた。勝手に目玉が飛び出していく感覚は、まだ慣れない。
 目玉型AIいわく、エジプト神話に登場する天空神ホルスの目のことらしく、右目を『ラーの目』、左目を『ウジャトの目』といい、古代エジプトの有名なシンボルなのだと言う。なるほど、ウジャトシステムとはよく言ったものだ。
 アイボゥの言葉を最後まで聞いてから、ボスは、熟れかけた唇を薄く開いた。
「そうよ。だって、あなたの左目は、」

 目前に広がるのは、一人の少女の夢の世界。今回の事件が起きた、あの廃遊園地『ブルームパーク』だ。
 現実のブルームパークも廃墟独特の不気味さがあったが、ここはより一段と禍々しかった。
 巨大な錆びた鳥かごの中にあるメリーゴーランド。そこには幾本もの雷が落ち続け、メリーゴーランド本体は軋む音を立てて超高速で回転している。鳥かごの外では、何体もの白馬が地上から突き出た長い鎗のようなものに生きたまま貫かれ、あちこちでオブジェのように打ち上げられている。
 暗くよどんだ空も、地面に広がる血溜まりも、耳障りな音も。何もかもがひどく生臭く——12歳の少女が見る夢にしてはひどく歪で、その幼い心に負った傷の深さが、あまりにも容易く想像できる。
「なあ伊達、『ウジャトの目』の話を覚えているか?」
 ソムニウム世界においては美しい女性の姿をとるアイボゥが、ふと足を止め、言った。 
「ウジャトの目は月の象徴。欠けたものを満たす、癒しの象徴……だったな」
「そうだ、ウジャトは修復と再生の女神。これほどまでに傷ついたみずきの心を修復してやれるのは、ソムニウム世界に入ることができ……そして、私を使うことのできる、おまえだけだ」
 不意に、ボスがつぶやいたあの日の言葉が脳裏に蘇る。
『だってあなたの左目は、――誰かを救い、癒すためのものだもの』
 6分間のみ触れられる夢の世界で、この少女の傷を癒す。それは、自分にしかできないことだ。
「……そうだな。やるぞ、アイボゥ」
 アイボゥが、メリーゴーランドの柱に視線を向ける。
 無言でうなずいた拍子に、長い髪が揺れてきらめいた鈍い輝きは――伊達の右目には、希望のようにも映ったのだった。

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